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3月11日をまもなく迎えます。
テレビや新聞等の報道機関は連日被災地の様子を放映しています。
阪神淡路大震災の時も今回も被災者の中で一番支援の手が届きにくかったのは、障がい者特に集団生活が難しい精神や知的の方たちだったのではないかと思います。
木ようの家も今年度避難訓練を行い避難場所の確認をしました。
実際にメンバーと共に歩き、車いすを押して避難場所に行くことで課題が見えました。
まず避難経路に崖が2ヵ所あり、大地震の時には通行が出来ない可能性が高いこと、地盤が悪いところに駅がありその周辺を通過するのは現実的には難しいこと、危険な場所をかいくぐり、障がいのあるメンバーたちを安全に避難場所まで誘導するだけのマンパワーが足りないことです。
そこで木ようの家は仮に大地震が起きても、火事にならない限りはこのセンターから出ないで家族からの連絡や迎えを待つということに決めました。地域のコミュニティスペースとしてお店をしているので食べ物、飲み物、衣類も有り、仮に1日〜2日寝泊まりしても耐えしのげると思います。
起きないでほしい災害ですが、いつかどこかで必ず起きることも現実です。3.11の教訓を忘れずに対応していきたいと思います。
2012年がスタートしてまもなく1か月。
寒い日々が続いていますがメンバーたちは変わりなく元気に過ごしています。
2012年は木ようの家にとって大きな節目の年となります。
2003年に認可を取ってから10年目。
自立支援スペースから就労支援を柱とした活動へと転化し、現在は就労支援だけでなく地域活動支援センターとして日中活動支援の充実も図っています。
契約者も16名。実利用者も毎月10名を超える中で、メンバーたちの今後の生活支援も視野にいれ活動の幅を広げていく必要があります。
10年という節目の年を迎えて秋には10周年記念イベントも企画したいと思っています。
どのような内容にするのかは、皆さんからアイディアを募集中です。
次の10年がメンバーの将来を見据えた基盤づくりのスタートとなるように取り組んでいきたいと思います。
2011年もまもなく終えようとしています。
今年は地震・津波・原発事故と天災・人災が多発し大変な年でした。
木ようの家も4月に募金活動に参加をし、センターでは防災訓練を行いました。
メンバーが普段使う京成やJR各駅に訪問し、駅長さんや管理責任者の方から直通の電話番号を教えていただき万が一の時のホットラインも確認しました。
でも一番大切なのは普段からメンバーのことを知り何かあれば声をかけてもらえる関係を地域の中で作っていくことだと思っています。
この一年間、栄町の木ようの家にはたくさんのお客様、支援者の方たちが来てくださいました。街のコミュニケーションスポットとまではいきませんが、大蛇の木ようの家とは比較にならないほどの人のつながり広がりが生まれたと思います。
ここを利用してくださった地域の方たちに本当に感謝いたします。
来年もぜひこの木ようの家をご利用いただきメンバーにもお声をかけてください。
私たちは「障がいがある人もない人も共に学び・働き・暮らす社会」を目指しています。
木ようの家の活動を通じて「共に」の理念を少しずつ広げていきたいと願っています。
2012年もどうかよろしくお願いいたします。
これまで20年近くにわたり木ようの家を支えてきたスタッフが10月末を持ってやめられました。メンバーが幼少の頃から関わってこられたのでメンバーや親たちには家族同様の方でした。むしろ第二の母ともいえる存在でした。
11月からはスタッフが新規に入れ替わりこれまでの支援を継続していけるようにそしてメンバーにはさらにきめ細かく安定した支援ができるようにと体制作りを行ってきました。
センター常駐のスタッフ4名は全員、いままでの木ようの家やメンバーと直接的に関わってはこなかった方たちです。「共に学ぶ」の運動からスタートした親たちの動きも知りませんし、おそらくインルーシブ教育についてもほとんどご存じないでしょう。
「あうんの呼吸」で「共に学ぶ」の運動の延長として続けてきた「木ようの家」から社会福祉事業所として(共に学ぶの理念を共有するしないにかかわらず)利用するメンバーすべてに平等にきめ細かな支援サービスを行う公的機関として脱皮できるかどうかの瀬戸際にあると考えています。
新しいスタッフは家族ではなく、支援者であり、職場として木ようの家で働く方たちです。
働く人たちの雇用と生活にも責任が生じてきます。
地域活動支援センターとしてすべきこと、その責任の範囲を明確にし、スタッフが継続して木ようの家で働き続けられるような形にしていきたいと思います。
同時に、なぜ「木ようの家」を作ったのかを今一度原点に立ち返って考えていきたいと思います。
「自立」の第一歩は親からの自立です。それは親以外の方の支援で暮らしが成り立つことではないでしょうか。
これまでの木ようの家のやり方から様々な点で変化が出てくると思います。親の思い描く通りの暮らしをメンバーにさせていくことが自立ではなく、メンバー自身が他者の手を借りながらも社会の一定のルールの下、暮らしを成り立たせていくことが自立ではないかと思います。
親自身が子どもから離れ、子どもが自立していくための第一歩として地域活動支援センターがあります。新しいスタッフを信頼し協力していくことが大事です。
11月から新しいスタッフ体制でスタートした「木ようの家」です。
これまで支えてくださった方々はどうか引き続きのご支援とご協力をお願いいたします。
また、今後の木ようの家の活動を温かく見守っていただきたいと思います。
障がい者の就労について考えるときに、「働けるのに働く場がない障がい者」と「雇用率達成の企業ニーズ」とのマッチングの話しになりがちだ。
確かに能力があるのに働く場が得られない状況が現実にある。だからまずそこからというのが世の中一般の流れだが、その流れの中では、木ようの家に通うメンバーの多くは就労先など得られない。
メンバーたちの多くは明らかに労働生産性は低い、いや労働生産性以前の話かもしれない。でも、社会に出て1人の社会人として仕事をし、その対価としての賃金を得ることを一人ひとりの生きる権利として認めてほしいと願っている。
働くことを生きる権利として認め保障していくことなしには障がいを持つ人の就労は進まない。特に知的や精神に障がいをもつ人たちにとっては。
私たちの願いはあまりに理想論だろうか?
大震災後の被災地で仕事を失った人達が生活するために仕事を求めている。長引く不況を理由に企業が正規職員採用を控え職に就けない若者たちがいる。能力を持っていてすら正当な評価と働く場から排除される多くの労働者がいる中で、「ただその場に居ることを認めて欲しい。何が出来るかは先ず雇ってから一緒に考えて欲しい。」と求める私達は身勝手なのだろうか?
でも、私達はあえて提起したいと思う。働くことは全ての人にとって生きる権利であり、それは障がいを持つ人にとっても同等の権利だ。障がいゆえに働く能力が低くても、そのことで働く場から排除しないでもらいたい。何かできることはあり、そのできることを共に探して欲しい。
それができる社会であれば、一部の労働者に過重な負担を強い過労死を引き起こすような働き方ではなく、ワークシェアも含めた新たな働き方を受容できる社会になれるはずだと。社会の中で障がいを持つ人達の人権がどのように保障されているかは、社会の成熟度を示す指標ではないかと思う。
子どもたちは成人し自分の仕事や家庭を持つと親から離れていきます。中には成人前にすでに親から離れてあるいは親を捨てて自分の道を歩み始める子もいます。
親からの自立とはきつい言い方かもしませんが精神的にも物理的にも子が親を捨てることではないかと思います。「もうほっておいて」と自分の道を歩みだすことであり、親は不安を胸いっぱいに抱えながらも別な道を歩み始めた子を遠くから見守ることでしかできないことだと思います。
でも、障がいを持つ子の場合、自ら親を捨てることはまずありません。親自身が自覚して子を突き放し、「自分で生きよ」と促すまでは。それは障がいのない子を突き放すこととは比べものにならないほどの不安を親自身が引き受けていくことなのだと思います。
自立への道を踏み出した子が時に困難な状況になった時、思わず手を出し口を出し、翼の中にくるんでしまったら親の庇護の中に舞い戻ってしまいます。小学校・中学校・高校、そして就労、ここまでは「障がいがあっても地域で」「みんなの中で」という理念のもと、親子が同じ方向を向きともに歩んできました。
しかし、20代後半、30代になったわが子のこれからは、親亡き後の暮らしを見据えていかにして子ども自身が親を捨て、自立して自分の生を生きることができるのかを模索していかなければならないと思います。
厳しいことかもしれませんが、木ようの家に通う多くのメンバーが今後直面する課題だと思っています。そして、この自立への歩みに地域活動支援センターとしてどんな支援が出来るのかを考えていきたいと思っています。
7月から10月まで計7名の大学生を受け入れる予定です。
すでに2人の方を迎えましたが、2人とも本当に真面目に真摯に取り組んでいる様子に驚きました。私の学生時代とは大違いだなと・・・。
小学校の先生を目指しているとのことです。
そこで木ようの家では、オリエンテーションやディスカッション、親からの体験を聞く機会を通して、障がいのある人が共に生きる社会の実現には障がいのある子と共に育ち学ぶことを1人でも多くの子どもたちが経験することが大切と伝えました。
さらにメンバーたちが就労している様子を見学に行き、センターで見せる表情とは違う真剣な様子を目の当たりにして以下のような感想も残してくれました。
「木ようの家で過ごされているときと目つきが違って、仕事をやっているということに誇りを持っている感じがしました。」
1週間の実習の後、「今度はボランティアで来たいです」と大学に戻っています。
これから来られる学生さんとの出会いが楽しみです。
社会参加(余暇活動)として2ヵ月に1回程度の頻度で大学生と一緒にカラオケや映画、ボーリングとお楽しみ企画を考えています。
6月19日はカラオケ!!
前日から「どんな曲を歌いたいのか考えておいてね」と話していたら、皆それぞれにお気に入りのグループや歌手があるらしく「嵐」、「いきものががり」と間髪を入れずに答が返ってきました。
全員がマイクを持ってタンバリンもたたきながらノリノリで歌ったようです。
今回は順大生4人とメンバー6名。2部屋に分かれて2時間たっぷり楽しみました。
次回は8月の予定。バーベキューを企画しています。
「地域の中で働く」を実現するためには、障がいをもつメンバーと企業との橋渡し役であるJOBコーチの存在が必要です。木ようの家は、これまでも法人独自の活動としてメンバー個々の就労支援者として「JOBコーチ」を派遣し職場に定着するためのコーディネートをしてきました。障がいをもつ方たちが一人でも多く一般就労へつながることをめざしJOBコーチの育成研修会を以下の予定で開催いたします。
<日時>
第1回 6月25日(土) 午後2時より
第2回7月9日(土) 午後2時より
第3回及び第4回 7月下旬から8月上旬 実地研修予定
<場所> 木ようの家 <資料代> 300円 飲み物付
昨年10月から栄町に移転し多くの来客を迎えることが出来ました。
この場を通じて私たちは法人の理念である「障がいをもつ人も持たない人も共に暮らしやすいまちづくり」が発信できればといつも思っています。
でも、現実は自転車操業のような慌ただしさで日々のことに負われる毎日です。
そんなとき、「名乗るほどのものではありませんので・・・・」そう言ってきれいに洗濯をした洋服を寄付される方、「時々通りかかっては見ていますよ。明るいお店ですね。」と言ってくださる方、点字名刺を失敗したときにも「そういうことも含めて支援させていただきたいから」と励ましてくれる民間企業さん、そして、「ここは落ち着くね」といって立ち寄ってくれる一人暮らしの高齢の方、そんな街の方たちとの出会いを本当にありがたく思います。
私たちの日々の活動は、街の人たちにいろいろな形で見守られ支えられているのだと改めて感じています。
お時間があるときには気軽に立ち寄っていただければと思います。(セルフのドリンクが一杯100円となっております)障がい者団体のチラシや情報もありますのでごらんいただければと思います。